天野 若人 3

(あまの わかひと)


山の人編2


3.自分流で取り組むということ

秋の穫り入れの話

 たとえ小さくとも自然相手の広い意味での“農業”をしていると、“秋”は一年で最も多忙で人手が必要な時期である。この時節は日が短くなり、活動時間も制約されてくる。運動会や学芸会等の学校行事も活発であり、遊ぶ時間は秋のつるべ落としのごとく、日々に少なくなってくる。



 当時の2大遊びは“パッチ”(全国的には“めんこ”?)と“ラムネ”(ビー玉遊び)とであった。一番上のお兄(10歳年上)が大きくなってから時々言っていたことを思い出す。
「お前は小さい頃から“博才”があった。遊びに賭けをしては、ほとんど負けていなかった」
 自分では“博才”なんてあると思ったことはなかった。相手と競うことは面白かったし、それに勝つためには何かと考えることが殊の外、楽しい“遊び”のような感じを持っていたようには思う。仕事だって、大半のことを、遊びの一種だと置き換えていたように思う。

 話は飛んだが、“パッチ”もあまり負けることはなかった。このゲームは、互いのパッチをひっくり返せば勝ちになり、そのパッチを取り上げるという、ごく単純な遊びであった。丸い紙で、表面には、色々な絵が描かれていた。材料の紙には種類があったように思う。
 僕の秘密兵器は、薄手の材料で、重さがあるものへと“ろうそく”の “ろう”を入念に塗り固めた逸品だった。伯父の家には大きな仏間があり、朝夕、灯明を上げていた。“ろうそく”の燃えカスの“ろう”を、“勝負パッチ”に均一に塗り固めることで、自重も重くなり、鋭さも増し、“パッチ勝負力”は抜群に上がる。
 この勝負パッチは、皆には人気がない絵柄である。綺麗で人気の絵柄は、いつの時代にも同じである。

 暮れる時間が早まる中、田んぼの稲刈り、その“はぜ”(稲を乾燥させるための、松の木を利用した3~5段の棚)作りから稲干し。畑のサツマイモ堀とその後の麦まき。大豆、小豆の豆類の収穫と天日干し。もちろん、冬に向かっての薪作りもあった。

 一番の難物が、収穫後の天日干しのために豆類の葉っぱを取る作業である。これには、ほとんど工夫策が出てこない!! とにかく、単純な人手作業だけである。

 一つあった!! “葉っぱ”が出ている茎の根元を、下方向で引っ張る。収穫してすぐだと、幾分水分が残っているので、効率が良いが、日を置くと水分が抜けて葉っぱが取れにくくなる。無理やり引っ張ると、葉っぱだけがちぎれて、具合は悪い。以上、“豆類の葉っぱ取り”にも、ちょっとしたコツがいる。

 この作業には、人手の確保しかない。どう確保するか? 多人数ですればよい。人手を雇う金なんてない。
 何とか遊び友達で消化できないか・・・考える・・・考える・・・。遊び仲間の大半は、畑なんてない。農作業なんてない! 遊び感覚で“葉っぱ取り”作業はできないか???

 葉っぱ取り競争をしよう!!! 商品を付けた競争だ!!
 ポイントを悟られないように、軽く作業手本を楽しそうに演じて見せる。2,3モデル演技をすると、子どもは興味を示す。もちろん自分も子どもではあるが・・・。

 一人、二人とやってみる!!
「わかちゃんがやるようには上手にはいかんのお!」
「そうがになんぎじゃないけのお」
「みんなで競争しょうか?」
「一番、二番には、この“パッチ”からすきなをやるは」

 四人一斉に、“葉っぱむしり”が始まる。30分もすれば、予定の“葉っぱむしり”は終了である。縄で適当な大きさにくくって、作業は終了。“パッチ”の配布である。当然、真新しい新品に近い“人気パッチ”からの商品渡しをする。

 一人ですれば2時間はかかる本日の作業。30分で終了!

 秋のつるべ落としの日没は早い。この1時間半の貴重な遊び時間を、さらに有効活用である。
「早く終わって、まだ時間があるけ、“パッチ”をしようや!」
 全員賛同である。ただでもらった“パッチ”だ。皆、気持ちは軽い。自分が提供した“パッチ”だ。遠慮無縁!
 みんな満足感に満ちて、つるべ落としの“短い晩秋”は薄暗くなった。道を急ぐ。
 例の強力な秘密兵器で、いざ勝負である!
 全ての“パッチ”を取り戻しはできなかったが・・・短いつるべ落としの日は、瞬く間に落ちた。

 
 中学生時には、こんな体験はしていない。6年生の時もなかった・・・。小学生4,5年の短期間の晩秋の記憶である。状況を振り返ると、一度くらいの経験だったとしか思えない。そんな一度だけの記憶が何故、こんなに鮮明に思い起こせるのか、不思議に思えてならない。


 ヒトは切羽詰まれば、知恵が出る。その知恵はどんな年代でも、どのようにして形成されるのだろうか?
 人は15歳前後で急速に大きくなる時期がある。人の頭脳も、急速にその機能を形成する時期(10歳前後)があるのではないだろうか?
 だれか研究してみると面白いかもしれない・・・。

 知恵は小さいときほど湧いてくる?? 何故か??
 知識は効果的に仕事を進めるのには邪魔になる?
 そんな思いを強く持つこの頃である。


 小学時代の残った記憶を思い出しながら、そんなことを思った。

4.抽象化する

Mくんとの貴重な体験

 当時の国府町は那賀郡という自治体で、唐鐘、国分、久代(くしろ)、下府(しもこう)、上府(かみこう)の5つの集落で構成されていた。

 小学校は国分小学校以外に3つあり、国分小学校は唐鐘と国分の2地域の子どもが通っていた。1学年は2クラスあった。何故か6年間、クラスのメンバー変更はなかった。中学になると、1学年が4クラスに倍増した。
 中学校から遠い久代や上府の生徒の一部が自転車で通うのを、すごく羨ましく思ったことを思い出す。自転車は当時、“格好いい最先端の乗り物”だったのだ。

 1学年の同じクラスに、“Mくん”がいた。あまり勉強はできない(というか、ほとんどといったほうが適当かもしれない)。皆と積極的に遊んだりすることもない。話すこともない。だからといって、特に、意地悪をされたこともない、と思う。そんな時代でもあった。

 ある時、何かのきっかけで、話し始めたと思う(きっかけは思い出せない)。同じ集落(唐鐘)であることがわかった。母親は再婚(当時は戦後の事情でこうしたケースは多かった)で、家事や子守等で小学校にはほとんど通っていなかったらしい。たまに学校に行っても、よく居眠りをしていたそうだ。
 (小学校の同じクラスの人からの話で・・・というのも、小学校時代はクラスが別だとほとんど交流はしていなかった。そうした状況から、Mくんの事情は、話してみるまで全然知らなかった)
 Mくんの状況を知ったときは、何故か、妙に納得した(できた)ことを思い出す。

 Mくんは、特に、算数(中学では数学)は、からっきしである。掛け算、割り算は当然のことながら、足し算や引き算もおぼつかない!!! 何故か? 子ども心に不思議なのである?

 何かの拍子に、家事手伝いの話になった。子守や買い物を始めとする、色々な家事手伝い・・・。
「買い物って、お金の計算するようね!!」「お釣りもらうようね!!」
「野菜の“何個”買うようね!!」「一人で行くの?」
「そうだよ」
「お釣り間違っていない?」「お母さんに間違っていると怒られない?」
「間違わないもん!」「いろいろな種類を買っても間違わない!!」

 それって、掛け算や引き算をしているのでは・・・? 僕は思った。買い物を例に出してみる!! Mくん、間違わない!! 足し算・引き算ができているじゃないか! 何種類かの商品と、お釣りのたとえ話をすると、即座に答えを出す。
「どうしてお釣りを計算しているの?」
「頭で計算している!」
「それって、足し算や引き算、掛け算や?」

 買い物の例を外して、一生懸命説明する・・・。
 Mくん「?! わからん?」 不思議な時間を持ったのである。

 何故なのだ??? Mくん、実際には掛け算、足し算、引き算・・・割り算以外の四則演算は、買い物事例ではできている。疑問を抱いた瞬間である。

 時が過ぎて、大学で数学を専攻して、吉田洋一「零の発見」、高木貞治「数の概念」、Dedekind「Was sind und was sollen die Zahlen?」等に出会ったときに、Mくんのことを思い起こして、納得する自分がいた。

 “4個”を標準産卵して、育てる鳥のケースで、4個産卵した卵の1個を取りあげる。また1個産卵する鳥がいると聞いたことがある! 鳥だって、“4個の卵”は認識できている? 鳥だって、“卵”という具体的な事物では、“数”の認識ができている。

 Mくんだって、お金という具体的事物では、数学的四則演算は認識ができている。このことと、“数”のように “抽象化”することとの間では、大きな思想的な飛躍が生じている? しかし、これを抽象化することで、その応用(適用)範囲は、爆発的な拡がりを持つ?

 よく、自然理科科学と人文社会学とに2分割されることがある。広島大学、当時の理学部は、数学科、物理学科、化学科、生物科、地理学科、天文学科という順であった? 数学的思考って、自然科学を進める基本的な考え方を示している?

 1990年代後半から、社会にISOという概念が始まった。この構成は“数学的”進め方に通じていないだろうか? (赤枠部分)

 人文社会学にも、この考え方が通じない? MBAだって。

 数学って面白いかも・・・。でもノーベル賞は出ないね!! 残念だけど・・・。





 長いお付き合いありがとうございます。
 海の人編に続きます。



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